今年ももうすぐ終わりなので遊戯王始め、今に至るまでのことをまとめようと思います。
パート別に分けるので、時間があるときに更新します。
2007年
近所に遊戯王の公認大会が開く店ができたのが高1のとき。
そんなとき、僕に遊戯王をやらないか!っと誘ってきたやつがいた。
そいつはK氏とおこう。
K氏は高校からの中、部活が一緒で知り合った友人。
遊戯王は小学生のとき始めた。
小学5、6年はDMが流行ったので遊戯王を集めてたのが4年生くらいまで。
中学で少し流行った。
友達同士軽く決闘する程度でガチではなかった。
だが、少なからずカードは持っていた。
初めて出場する大会。
その頃はダムド無制限、混黒、次元融合が制限だった時代。
K氏に流行りのカードなどを教わり、僕はキラトマや終末で墓地を調整し、ダムド・ダクリで場を制圧する闇軸のデッキを組んで大会に出場することにした。
部活があったのだが、嘘をついて休んでの出場だった。
うちの顧問はとても厳しく、休みを取るにも顧問の携帯に電話をしないと休ませてはくれない鬼だったのでズル休みをするのにもまだなれていない高1の僕たちにはとても緊張したのを覚えている。
32人のトーナメントで始めは先着順だった。
僕達は少し早めに行動し何とか出場することができた。
そのときの大会が第2回目。
第1回目の大会の優勝が田中だと知るのはそれから2年後になる。
初めての大会、とても緊張して手も震えた。
でも爆発力もあるデッキだったためか決勝まで行ってしまった。
準決勝で当たった「便座カバー」というハンネのやつで、「ハンネキモッ!」とか思ってたりしてたw
高1のときはアニメに興味がなかったので、そのハンネが「CLANNAD」から由来してると知ったのも2年後。
そして便座カバーがポケモン埼玉県代表になったのは3年後。
決勝は僕が欲しがっていた混沌の黒魔術師が入っていた次元融合・ダムドでブンブンするデッキだった。
接戦の末、僕は優勝することができた。
初の大会で初優勝というのはとても気持ちがよかった!
優勝してもらったTP、そのときのパラがマシュマロンとメテオブラックドラゴンで、5パックの中にパラが2種類とも入っていてその日は相当ついてる日だと思った。
そのパラを未だに持ってるのは、やっぱかなり嬉しかったんだと思う。
大会の後知ったのが、決勝の相手が同じ高校の1個上の先輩で色々話した。
次の日。
その先輩が部活の先輩と中が良かったという最悪のパターンで、部活中に知れ渡ったのは悲しい事件。
一時期的ではあったが遊戯王ネタでいじられたのはキツかったorz
でもこれが僕の遊戯王をガチで始めた第一歩の出来事です。